正月に遠くに住む子供たちと孫たちが集まった。中には生後6か月のTちゃんと、大学で研究員をしているJ君がいた。J君は初めてTちゃんに会うということで、とても楽しみにやって来ていた。
いよいよ、TちゃんをJ君が初抱っここする時、Tちゃんのママや、私たち家族は、Tちゃんが人見知りをして、すぐに大泣きするだろうと予想していた。
Tちゃんはいざ泣くと、結構大きな声が出る。だからママ以外は誰もあまり長い時間抱っこができない。今回そうなると、J君は残念な思いをするだろう。手ごわいTちゃんを相手に、J君は果たして何分位抱っこを続けていられるか、私達は静かに見守った。
ほどなくして部屋に何やら呪文のような音が響き始めた。
「ざんざんざん・・・・、ばーばーばー・・・・、ごとごとごと・・・・、じゃばじゃばじゃば・・・・、だんだんだん・・・・」
きょとんとしたTちゃんの耳元に、まるで、おまじないのような言葉がJ君の口から発せられている。
何だ、これは??
J君は呪文を唱えながらTちゃんを眠らせようというのか?
「ざぶざぶざぶ・・・・、ばーばーばー・・・・、じゃがじゃがじゃが・・・・」
J君の口は動き続ける。その間、Tちゃんは静かに抱かれている。更に数分、J君は一定のリズムを保ちながら、不思議な音のパレードをTちゃんに聴かせた。
それが心地良かったのか、やがて、Tちゃんは目を瞑り寝息をたて始めた!TちゃんはJ君の呪文の言葉に導かれ眠ってしまったというわけだ。
あとからJ君に聞いたところによると、J君が使った呪文のような言葉こそ「オノマトペ」というものだった。
J君は我が家に来る前に、「オノマトペ」に関する言語学の本を数冊読んできたそうである。それらの本によると、人には発達の過程で言葉を聞き取り意味を理解できるようになる前の段階というものがあり、それが赤ちゃん時代、3歳くらいまでだそう。T ちゃんくらいの月齢の赤ちゃんには「オノマトペ」を聞かせることで安心感を与えたり心地よくさせることができるらしい。J君はそのことを本から学びTちゃんとの初対面に生かそうと準備していた。本で紹介されている言葉も覚えてきた。そしてTちゃんを抱っこした時、覚えた言葉を唱えてみたらTちゃんは本当に眠ってしまったというわけだ。J君の努力の賜物。その光景を見ていた私たちは赤ちゃんを寝かしつけるのにそんな方法があることを初めて知り感激した。早速「オノマトペ」寝かしつけ法を採用しようとして見よう見まねでやってみたがなかなかJ君のようにはうまくいかなかった。
辞書で調べると「オノマトペ」とは、『自然界の音、声、物事の状態や動きなどを音(おん)で象徴的に表現した語。音象徴語、擬音語、擬声語、擬態語など。』
と書いてある。
赤ちゃんに届き易いのは「オノマトペ」のような言葉というより音の表現。
赤ちゃんの世界は「オノマトペ」でできているのかもしれない。
「オノマトペ」といえばもう一人。
90歳で亡くなった父は若い頃は日記を書き、本を読み、言葉も豊かだったと思うが年を重ね、耳も遠くなり、新しい情報が受け取りづらくなった。そして少しづつ、外部とのコミュニケーションを取ることが難しくなっていった。私は父とやり取りするときは、父の世界に周波数を合わせるようにした。
父の周波数とピタッと繋がれたのが「あんぽんたんの川流れ」というお話を聞かせた時だった。お話の全体が父になじみのある名前と音とでできていたからうまくいったと思っている。「あんぽんたんの川流れ」は心地よく響く言葉のパレードだ。だから父の耳に届いたのではないかと思っている。
父の深いところの記憶に残る人物や、物の名前は、意味をなくした後も音のつながりとして父の脳内に残り続けていただろう。
だから、言葉に意味があるか無いかはあまり重要ではなく、音やリズムが心地よく感じられたというならそれらは、赤ちゃんに受け入れ易い「オノマトペ」と同じかもしれない。
言葉を覚える前の赤ちゃんと言葉を失いつつある老人は同じ「オノマトペ」の世界の住人かもしれない。
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