2024.1.12.(金) Yの悲劇

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「Yさん大丈夫?」

頭上から誰かの声がした。

テニスコートにあおむけになって

Yがやっと言えたのはこの言葉だった。

「グギッと音がしました。」

さっきまでコーチと3人のレッスン生はいつものパターン練習を行っていた。

やり方は

コーチひとりと3人のレッスン生がそれぞれ2対2に分かれる。

ひとつのペアは右側にコーチ、左側にレッスン生A介

もうひとつのペアは右側にY、左側にもうひとりのレッスン生B子が各コートの定位置にスタンバイ。

最初にコーチが球を出して練習が始まる。

コーチの打球はYの左側に立っているB子の2メートルくらい頭上を狙って飛んでくる。

その打球を追うのはY。フォアサイド(右側)から素早く移動し現在バックサイド(左側)に立っているB子の背中から後ろのエリア全体をカバーする。味方B子が手を出せない領域に飛んでくる敵のボールをYが取りに行きボールを相手コートに打ち返せれば合格。

やり方の説明は以上。

Yはいつボールが飛んで来てもいいように姿勢を低くして両脚は肩幅より広めにとってジャンプしたり軽く足踏みをしながら待つ。コーチのラケットがスパンと切れのいい音を鳴らした瞬間全員が動き出した。

予定通りにコーチの打球はネットのはるか上方、バックサイドB子が手を出せないコースを狙って飛んで来ている。Yはセオリーに従ってまず左の足先を後ろ向きに右足も続けて後ろ向きに転回し身体が左後方に素早く無理なく移動できる態勢を作って走り始める。もちろん飛んでくるボールから絶対に目を離してはいけない。ラケットのグリップを下から支える左手はほぼ直角、グリップを上からかぶせるように軽く握る右手は肘より高い位置に保ち肘は顔の前あたりで軽く曲げる。ラケット面が斜め上方に向いているのでボールをキャッチできなさそうに思えるが実際はこの構えからラケットを立てたときにすばやくボールに面が向くようになるのだ。Yは味方のサイドチェンジが終わる前にできるだけ急いでバックサイド後方のカバーができるように移動をしなければと目標の左奥方向へ左足を大きく踏み出した。

と、その瞬間、Yの身体は行こうとしていた水平方向にではなく

真下に向かって落ちていった。

シューズの底がテニスコートのカーペットにひっかかったか

正月の運動不足で筋力の衰えた足がよろついたか

理由はわからない。

とにかく足元で何かが起きて

Yは行こうとしていたゴールにたどり着けず

足首を起点に斜めにねじれた状態で転倒した。

転倒するタイミングでYは足首から大きな「グギッ」という音を聞いた。

それから1時間後、レッスン生B子の夫が開いている整形外科医院の診察室で

Yは自分の右ひざ下の骨のレントゲン写真をB子の夫医師N輔と共に眺めていた。

N輔の診断結果はこうである。

「右足首の腓骨(ひこつ)にうっすらとヒビが入っていますね。全治3週間から、4週間です。」

今後1か月は自力で歩くことはできないかもしれない。

そして、サポーター式のギブスをつけてもらい、真新しい松葉杖を借りて親切なB子に車で送ってもらい帰宅した。

人生には3つの坂があるという、「上り坂」「下り坂」そして「まさかの坂」

「まさか」の坂で、Yは新年早々の1月11日に転倒し、松葉杖生活を送ることになった。

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