2024.1.26.(金)ゲート

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「診察室にお入りください。」

レントゲン室の寝台の上で靴下をはいていたYは、ドアの向こうから呼ばれた。

「はーい」と返事をしたもののすぐには動けない。

骨折して以来、Yは何をするにもとても時間がかかる。ギブスを巻いた足に靴下を履かせるには靴下を足先にかぶせてから靴下の上部を両手で持って足の形を見ながらちょっとずつ引き上げていく。床のスリッパに足を入れるのは今のYにはなかなかスリルがあるため慎重にやらなければならない。両脚で立ち、歩き出すまでには途中にたくさんの工程がある。ひとつひとつを丁寧にゆっくりやると結果としてとても時間がかかるのだ。でもそれは案外楽しいことだった。

Yは足を引きずりながら診察室に入り、ゆっくりと椅子に腰をかけた。N輔医師はレントゲン写真を見ている。

「いいですねえ。」

N輔医師は撮ったばかりのレントゲン写真をじっと見たあと、ニンマリして言った。

それから目の前の新旧二枚の写真を比べながら、この一週間で骨折した場所にどんな変化があったかをYに説明した。

「二週間前に撮ったこっちの画像には、ここに線がくっきりと見えますよね。でも今日撮った方では、」と言いながらN輔医師は新しい方の写真の解像度を上げるために画面の一点を指先でタッチした。Yには、拡大されたところに白とグレーのもやもやしたものが見えた。「二週間前の写真でこのあたりに線があったところがモザイクのようになって、全体がぼやけて見えますよね?これは骨の癒合が起きているからなんです。癒合が起きているところは線が崩れて見えなくなってきているんです。」と言いながらYの方に顔を向けた。

「先生、それは、骨がくっつき始めたということですか?」

「はい、そうです。来週、ギブスをとりましょう。」

そう言って、

N輔医師は目を細めた。Yのケガは、主治医の当初の見立て通りにこの2週間で順調に回復していることが証明されたのだ。

やったーとYは心の中で歓喜の叫びをあげた!

身体に力が湧いてきて、目の前が明るくなった気がした。

そしてもうひとつ大きな変化が訪れた。

ゆったり流れていた時間がじわじわスピードをあげ始めたのだ。

家に帰ると、Yはにわかに忙しくなった。一週間後にギブスがとれたら、今の支えられる立場から仕事をして支える立場に変わるのだ。そのためには身体を元の状態に戻すためのリハビリが必要だ。ウォーキング、スクワット、ストレッチなどの運動を日課に入れよう。そして職場にいつから復帰するか連絡しよう、髪も切っておきたい、車の運転はいつからできるかな?外出するとき靴はどうしよう?頭の中に次々とやるべきことが湧いてくる。

人は欲張りだ。

ケガを負った時は、身体の回復だけを願っていたのに、ケガが治りかけたとたんに、あれもこれもと手に余るものを求めだした。外の世界に繋がろうとすると、抱えきれないものが押し寄せてくる。

思えば骨折し歩けなくなった時、急に世界がシーンとなった感じがした。

それから二週間というもの、自分の時間の中でゆっくりと過ごすことができたのだ。

足首は外の世界と繋がるゲートだった。

ゲートが閉じたとき、世界が静かになった。

そして、再びゲートが開こうとしている。

Yには、この二週間で知った大切なことがある。

それは何かをやろうするとき、実は途中にたくさんの工程があるということ。

そのひとつひとつを観察しながらていねいにやると楽しいということ。

Yの日常は再び忙しくなりそうだがそんな中でもこの大切なことを思い出して

あまり欲張らず、ひとつひとつを楽しんでやっていこうと心に誓った。

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